社労士コラム
IPO労務監査のチェックリスト(歩合給)
2021.10.8IPO労務監査
IPO労務監査において、重要なチェックポイントの1つとして、「歩合給」があります。
「歩合給」について、正確にその内容を把握できていないと、思わぬところで「未払い賃金」が発生している可能性がありますので、IPO労務監査において、その内容を的確に把握する必要があります。
目次
賃金には、「労働時間に応じて支払う賃金」と「成果に応じて支払う賃金」があります。
歩合給は、「成果に応じて支払う賃金」であり、社員が生み出した売上高や生産高などの成果に対して一定割合で額が決められる賃金です。
労働基準法では、第27条で「出来高払制その他の請負制」という表現がとられています。
IPO労務監査においても、IPO準備会社に営業職・サービス職、タクシー・トラックのドライバーなどの職種の方が在籍されている場合は、その職種の方に対して歩合給が支給されているかどうかチェックします。
IPO労務監査において、よくある誤解は、IPO準備会社において、営業職については、歩合給を支払っているから、割増賃金は支払っていないというケースです。
歩合給を支払っていれば、割増賃金を支払わなくてもよいという誤解は非常に多いです。
労働基準法第37条によると、歩合給であっても、時間外労働があれば時間外割増賃金を、休日労働があれば休日割増賃金を、深夜があれば深夜割増賃金を支払わなければならないとされています。
ただし、割増賃金の計算方法が、月給制等とは異なります。
割増単価=月額賃金/1ヵ月平均所定労働時間数×1.25
割増単価=歩合給総額/当該賃金期間の総労働時間数×0.25
割増単価計算の際の分母が、月給制の場合は「1ヵ月平均所定労働時間数」であるのに対し、歩合給の場合は、「総労働時間数」となる点が特徴です。
つまり、通常、「総労働時間数」の方が「1ヵ月平均所定労働時間数」よりも多いため、割増単価は低く計算されます。
また、割増率が月給制の場合は「1.25」であるのに対して、歩合給の場合は「0.25」となります。
これは、「1」部分は、歩合給で既に支払済みをいう考え方によるものです。
こちらも、割増単価は歩合給の方が低く計算されます。
例えば、オール歩合給の場合において、売上高の10%を歩合給として支払う場合
(1日8時間、1ヵ月所定労働時間176時間、法定時間外労働時間40時間)
歩合給=200万円(1ヵ月売上)×10%=20万円
時間外割増賃金=20万円÷216時間(176時間+40時間)×0.25×40時間=9,259円
なお、賃金が月給制と歩合給の組み合わせで支払われる場合、それぞれの部分について計算した額の合計額が1時間当たりの割増賃金になります。
歩合給の場合、上記のように月給制によって賃金が定められている場合と比較して、1時間当たりの割増賃金の金額が相当程度低くなります。
このため、民事訴訟等になった場合、その手当が、歩合給なのか、それとも月給制などの固定給なのかが争点になることがあります。
当然、IPO労務監査においても、この点をチェックしておかないと、思わぬところで未払い賃金が発生してしまうリスクがあります。
ここでもう一度、割増賃金の時間単価の計算方法を確認します。
割増賃金の時間単価の計算方法は、下記のとおり労働基準法施行規則19条で規定されていますが、歩合給は下記6.に該当します。
1.時間によって定められた賃金については、その金額
2.日によって定められた賃金については、その金額を一日の所定労働時間数で除した金額
3.週によって定められた賃金については、その金額を週における所定労働時間数で除した金額
4.月によって定められた賃金については、その金額を月における所定労働時間数で除した金額
5.月、週以外の一定の期間によって定められた賃金については、前各号に準じて算定した金額
6.「出来高払制その他の請負制によって定められた賃金」については、その賃金算定期間において出来高払制その他の請負制によって計算された賃金の総額を当該賃金算定期間における、「総労働時間数」で除した金額
7.労働者の受ける賃金が前各号の二以上の賃金よりなる場合には、その部分について各号によってそれぞれ算定した金額の合計額
割増賃金の単価計算を行う際、賃金総額を算定期間の「総労働時間数」で除してもO.Kなのは、6.「出来高払制その他の請負制によって定められた賃金」のみであり、そのほかは算定期間の「所定労働時間数」で除すことになっています。
そして、割増率も6.に該当すると、「1.25」ではなく、「0.25」となります。
つまり、「その賃金が歩合給といえるかどうか」というのは、6.に該当するかどうかの問題なのです。
成果に応じて支払われる賃金は、通常6.の適用を受けますが、内容によっては「出来高払制その他の請負制によって定められた賃金」に該当しないケースもあります。
このため、その賃金が歩合給といえるかどうかは、非常に重要なポイントです。
もし、その賃金が歩合給として認められない場合は、「出来高払制その他の請負制によって定められた賃金」ではないということになりますので、分母は「所定労働時間数」、割増率は「1.25」となり、莫大な未払い残業代が発生するリスクがあります。
このため、IPO労務監査においても、その賃金が歩合給といえるかどうかは、非常に重要なポイントとなります。
一般的に、その賃金が歩合給といえるかどうかの判断基準は、下記の3つです。
1.成果が特定されていること
2.歩合給として支給する賃金額が、1.の成果と正比例の関係にあるかどうか
3.成果以外の要素で、歩合給の金額が決定されているとしても、主要な部分が成果によって決定されているかどうか
例えば、営業職の場合で、売上の2割を算出し、その金額から月5,000円程度の「営業経費」を引いて歩合給を支給する場合、
歩合給=100万円(ある月の売上)×20%-5,000円=195,000円
この場合の成果は「売上」であり、2割を支給する関係にありますので、成果と歩合給の額は正比例の関係になります。
そして、歩合給から月5,000円程度の営業経費が引かれていたとしても、歩合給の主要な金額は成果(売上)によって決定されますので、歩合給は「出来高払制その他の請負制によって支払われる賃金」に該当するものと思われます。
年次有給休暇の賃金については、次の3通りの支払方法があります。
(1)平均賃金
(2)所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金
(3)健康保険法の標準報酬日額に相当する賃金
このうち、(1)(2)は就業規則等に定めればいいでのですが、(3)については過半数代表者との書面による労使協定が必要です。
また、(1)(3)については、平均賃金あるいは標準報酬日額相当額を支払うだけであり、歩合給であっても特に問題はありません。
ただし、(2)の場合は注意が必要です。
「出来高払制その他の請負制における通常の賃金」は、労働基準法施行規則第25条第1項6号によると、
通常の賃金=出来高払制賃金の総額/算定期間における総労働時間数×算定期間における1日の平均所定労働時間数
例えば、月給部分が25万円、歩合給が5万円、算定期間における総労働時間数が200時間、1日の所定労働時間数が8時間とし、有給休暇を1日取得したとすると、月給部分は控除せずにそのまま支払うことになるので、歩合給部分だけ別途計算して支給する必要があります。
具体的には
歩合給部分の通常の賃金=5万円/200時間×8時間=2,000円
1日分の年次有給休暇の賃金は、月額部分の25万円をそのまま支給し、歩合給部分の通常賃金である2,000円を別途支給するということになります。
月給と歩合給の併給方式の場合で、IPO労務監査においてよくあるケースは、月給部分をそのまま支給することで終わりにしているケースです。
この場合、歩合給分に対する通常の賃金が支払われていないため、未払い賃金が発生しています。