社労士コラム
M&A労務デューデリジェンス(DD)のチェックポイント(1ヵ月単位の変形労働時間制)
2021.10.26M&A労務デューデリジェンス(DD)
M&A労務デューデリジェンス(DD)において、重要なチェック項目の1つとして、「1ヵ月単位の変形労働時間制」があります。
「1ヵ月単位の変形労働時間制」について、正確にその内容を把握できていないと、思わぬところで「未払い賃金」を抱えている可能性がありますので、M&A労務デューデリジェンス(DD)において、その内容を的確に把握する必要があります。
目次
1ヵ月単位の変形労働時間制とは、「労使協定」又は「就業規則その他これに準ずるもの」により、1ヵ月以内の一定期間(例えば、1ヵ月や4週間など)を平均して1週間あたりの所定労働時間が、週の法定労働時間(40時間)を超えない定めをした場合(週平均40時間以内で所定労働時間を定めれば)、特定された週において、1週間の法定労働時間(40時間)を、又は特定された日において、1日の法定労働時間(8時間)を超えて、所定労働時間を設定することができる制度です。
通常の労働時間制度の場合、どの週についても40時間以内、どの日についても8時間以内で、所定労働時間を設定しなければなりませんが、1ヵ月単位の変形労働時間制を導入しますと、例えば、この週は48時間、この日は10時間などと、所定労働時間を設定することができます。
そして、この1週40時間を超えた8時間分(48時間-40時間=8時間)、1日8時間を超えた2時間分(10時間-8時間=2時間)に対して、割増賃金を支払う必要はありません。
ただし、変形期間(1ヵ月以内)の範囲内で、1週間平均の所定労働時間は、40時間以内とする必要があります。
1ヵ月単位の変形労働時間制を導入するためには、下記の要件のいずれかを満たす必要があります。
(1)労使協定の締結及び労働基準監督署への届出
(2)就業規則その他これに準ずるものへの規定
なお、(2)の「その他これに準ずるもの」とは、常時使用する労働者数が10人未満の事業場で、就業規則を作成する義務のない使用者についてのみ適用されます。
このため、M&A労務デューデリジェンス(DD)において、売り手企業において、1ヵ月単位の変形労働時間制が導入されている場合は、上記(1)(2)の要件のいずれかを満たしているかどうかチェックされます。
1ヵ月単位の変形労働時間制を導入するにあたり、労使協定や就業規則等で定める事項は、下記の通りです。
(1)対象となる労働者の範囲
(2)変形期間と起算日
(3)変形期間を平均し、1週間あたりの所定労働時間が法定労働時間を超えない定め
(4)変形期間における各日・各週の所定労働時間
(6)有効期間(労使協定の場合のみ)
なお、(4)については、労働基準法89条1号において、就業規則で始業・終業時刻を定めることと規定されていますので、就業規則においては、各日の所定労働時間の長さだけではなく、(5)「始業・終業時刻」も定める必要があります。
対象となる労働者の範囲とは、例えば、「全従業員」や「販売員」など、1ヵ月単位の変形労働時間制の対象となる労働者の範囲を明確にします。
変形期間は、1ヵ月以内である必要があり、例えば、変形期間を「1ヵ月」とし、起算日を「毎月1日」と規定することです。
例えば、「1ヵ月単位の変形労働時間制を採用し、1週間の所定労働時間は1ヵ月を平均して40時間以内とする」と規定することです。
なお、「変形期間を平均し、1週間あたりの所定労働時間が法定労働時間を超えない」ということは、具体的には、変形期間(1ヵ月以内)における所定労働時間の合計が、次の式によって計算される変形期間における法定労働時間の総枠の範囲内にあるということです。
・変形期間31日の場合、177.14時間(40H÷7×31)
・変形期間30日の場合、171.42時間(40H÷7×30)
・変形期間28日の場合、160時間(40H÷7×28)
つまり、変形期間を1ヵ月(31日)とした場合、1ヵ月の所定労働時間の合計が177.14時間を超えないように、当該会社の所定労働時間を定める必要があります。
このため、M&A労務デューデリジェンス(DD)においても、売り手企業において、1ヵ月単位の変形労働時間制が導入されている場合、上記の法定労働時間の総枠の範囲内において、売り手企業の所定労働時間が設定されているかどうかチェックされます。
なお、常時10人未満の労働者を使用する商業・映画演劇業・保険衛生業・接客業については、1週間の法定労働時間が特別に44時間と定められていますので、こちらの事業の場合は、変形期間を平均して1週間あたりの所定労働時間が44時間を超えないように定めることができます。
・変形期間31日の場合、194.85時間(44H÷7×31)
・変形期間30日の場合、188.57時間(44H÷7×30)
・変形期間28日の場合、176時間(44H÷7×28)
例えば、「1日~15日までは、1日の所定労働時間は7時間、1週間の所定労働時間は35時間とする」と規定することです。
なお、あらかじめ各日・各週の所定労働時間を具体的に定める必要があるため、変形期間を平均して週40時間の範囲内であっても使用者が業務の都合により、任意に所定労働時間を変更するような制度は、1ヵ月単位の変形労働時間制度に該当しないものとされています。
この点についても、M&A労務デューデリジェンス(DD)において、売り手企業の都合によって、各日・各週の所定労働時間が変更されていないかどうかチェックされます。
例えば、「始業9:00、終業17:00」などと規定することです。
始業・終業時刻は、就業規則の絶対的必要記載事項ですので、就業規則には、各日の所定労働時間の長さだけではなく、変形期間内の労働日の所定労働時間を始業・終業時刻とともに特定する必要があります。
M&A労務デューデリジェンス(DD)においても、売り手企業の就業規則に、始業・終業時刻が記載されているかどうかチェックされます。
1ヵ月単位の変形労働時間制を導入する場合、各日・各週の所定労働時間を定めなければなりません。
しかし、シフト制を採用するなど、業務の都合上、各日・各週の所定労働時間を就業規則により特定することが困難な場合は、変形制の基本事項(変形期間、上限、勤務パターン等)を就業規則で定めた上、各人の各日の所定労働時間を、1ヵ月ごとにシフト表により特定していくことは認められています。
例えば、下記のような規定例があります。
所定労働時間は、1ヵ月を平均して週40時間以内とし、各日、各週の所定労働時間及び始業・終業時刻は、次のパターンの組み合わせにより、毎月末日までにシフト表を作成して、従業員に周知する。
<A勤務(所定労働時間7時間)>
始業時刻 9:00
終業時刻 17:00
<B勤務(所定労働時間8時間)>
始業時刻 9:00
終業時刻 18:00
上記のように、当該事業場における勤務パターンをあらかじめ明確にしておく必要があります。
M&A労務デューデリジェンス(DD)においても、売り手企業が上記方法で所定労働時間を決定している場合は、事前にシフト表で、各日・各週の所定労働時間が特定されているかどうかチェックされます。