社労士コラム
M&A労務デューデリジェンス(DD)のチェックポイント(労働基準法上の労働時間)
2021.10.5M&A労務デューデリジェンス(DD)
M&A労務デューデリジェンス(DD)において、偶発債務ですが、重要なチェック項目の1つとして、「労働基準法上の労働時間」があります。
「労働時間とは何か?」について、把握できていないと、思わぬところで「未払い賃金」が発生している可能性がありますので、M&A労務デューデリジェンス(DD)において、その内容を的確に把握する必要があります。
労働基準法第32条は、「使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない」、「使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない」と規定し、法定労働時間を定めています。
このように、労働基準法上の労働時間の定義は、「労働させ」と記載があるだけで、明確な定義は記載されていません。
では、M&A労務デューデリジェンス(DD)において、何を基準に「労働時間かどうか」を判断すればいいのでしょうか?
M&A労務デューデリジェンス(DD)では、最高裁判決を基準に判断することが一般的です。
最高裁判決(三菱重工業長崎造船所事件)は、労働基準法第32条の労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義しています。
続けて同判決は、「右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かによって客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である」と判示し、最高裁判所として「労働時間」とは何かを定義しました。
つまり、M&A労務デューデリジェンス(DD)において、よくあるケースですが、就業規則等で「始業前体操にかかる時間は労働時間に含まれない」と規定していても、客観的に見てそれが使用者の指揮命令下に置かれていると評価される場合は、その始業前体操にかかる時間は労働時間となります。
では、「客観的に見てそれが使用者の指揮命令下に置かれていると評価される場合」とは、どのようなケースを指すのでしょうか?
同判決において「労働者が就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は特段の事情がない限り、使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される」と判断しました。
つまり、最高裁は、所定労働時間外の行為が労働時間(客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれている)と評価されるには
①「使用者から義務付けられ、又は余儀なくされた」
→ 業務遂行の義務付け
②「事業所内」
→ 場所的拘束性
の有無の2点を判断基準としています。
また、「当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当する」と判示し、当該行為に要した時間がそのまま(全て)労働時間となるわけではなく、社会通念上必要とされる時間のみが労働時間となると判断しました。
例えば、M&A労務デューデリジェンス(DD)において、よくあるケースですが、所定労働時間外に掃除をするように義務付けられている場合で、その掃除にかかる時間が通常5分でできるのに、15分かけて掃除をした場合でも、15分全てが労働時間になるわけではないということです。
つまり、ある時間が「労働時間かどうか」と「労働時間であるとして、何時間が労働時間か」とは、別の問題として考える必要があるということになります。
所定労働時間内の行為が労働時間かどうかの判断基準は、大星ビル管理事件最高裁判決が示しています。
「実作業に従事していない仮眠時間(以下「不活動仮眠時間」という)が労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が不活動仮眠時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価できるか否かにより客観的に定まるというべきである。そして、不活動仮眠時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。したがって、不活動仮眠時間であっても、労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たると言うべきである」と判断し、所定労働時間内は原則として、労働時間であることを前提に、労働からの解放がなされていたか否かという視点から判断を下しています。
つまり、所定労働時間内の行為が、休憩時間と同様に労働からの解放が保障されていれば、労働時間とはなりません。
これを整理すると
<所定労働時間外>
原則:労働時間ではない
例外:①業務遂行の義務付け
②場所的拘束性
→ 労働時間となる
<所定労働時間内>
原則:労働時間となる
例外:労働からの解放が保障されている場合
→ 労働時間ではない
となります。
このため、M&A労務デューデリジェンス(DD)においては、この最高裁判決を基準に「労働時間かどうか」を判断する必要があります。