社労士コラム
M&A労務デューデリジェンス(DD)のチェックポイント(未払い社会保険料)
2021.09.30M&A労務デューデリジェンス(DD)
M&A労務デューデリジェンス(DD)において、最も重要なチェック項目の1つとして、「未払い社会保険料」があります。
「未払い社会保険料」は、原則として、将来発生する可能性が高い債務であり、M&A労務デューデリジェンス(DD)においてその内容を的確に把握する必要があります。
目次
社会保険(健康保険・厚生年金保険)は、法人であれば、原則として強制加入となります。
M&A労務デューデリジェンス(DD)の場合、通常、法人が対象となりますので、基本的に対象会社は社会保険に加入していなければなりません。
なお、社会保険については、保険料の徴収・納付が会社に義務付けられています。
このため、保険料の徴収義務が社員分も含めて会社にあるため、「未払い社会保険料」がある場合は、社員分も含めた保険料が会社のリスクとなります(通常、社員から過去の未払い社会保険料を徴収することは難しいからです)。
保険料徴収の時効は、2年であり、M&A労務デューデリジェンス(DD)において社会保険料の未払いが発覚した場合は、過去2年分がリスクとなります。
社会保険に加入しなければならない社員は、下記の要件を満たす社員となります。
「1週間の所定労働時間」と「1ヵ月の所定労働日数」が、同じ事業所に使用される通常の労働者(いわゆる正社員)の所定労働時間および所定労働日数の4分の3以上であるもの
例えば、正社員の1週間の所定労働時間が40時間、1ヵ月の所定労働日数が20日であれば、1週間の所定労働時間が30時間以上および1ヵ月の所定労働日数が15日以上のパート・アルバイトについては、社会保険に加入しなければなりません。
M&A労務デューデリジェンス(DD)において、特に中小企業の場合、パート・アルバイト等に関しては一律に社会保険に入っていないケースが多くみられます。
また、パート・アルバイト自身が社会保険料の控除を嫌ったため、社会保険に未加入のケースもありますが、上記要件を満たしている場合は強制加入となりますので、ご注意ください。
なお、2016年10月1日から、上記4分の3要件を満たさないパート・アルバイト等であっても、下記の(1)~(5)までの5つの条件を満たすパート・アルバイト等については、社会保険の加入が強制となっています。
(1)社員501名以上の企業に勤務していること
(2)学生ではないこと
(3)1週間の所定労働時間が20時間以上
(4)賃金月額が88,000円以上
(5)雇用期間が1年以上見込まれること
(1)については、法人の場合は、同一法人の厚生年金保険の被保険者が常時501名以上いるかどうかで社員数を判断します。
(3)については、 1週間の所定労働時間は、就業規則・雇用契約書等により、20時間以上であるかどうかで判断します。
(4)については、月額賃金88,000円の算定対象は、臨時に支払われる賃金(結婚手当等)、1ヵ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)、割増賃金、精皆勤手当、通勤手当と家族手当を除いた、基本給と諸手当で判断します。
(5)については、雇用契約期間が1年未満でも、1年以上の雇用継続が見込まれる場合は対象となります。
このため、常時使用する被保険者数が501名以上の会社の場合は、上記基準を基にM&A労務デューデリジェンス(DD)を行う必要があります。
下記のいずれかに該当する有期契約労働者の場合は、社会保険加入の適用除外となります。
(1)日々雇い入れられる人(1ヵ月を超えずに使用される場合)
(2)2ヵ月以内の期間を定めて使用される人
(3)季節的業務に使用される人(4ヵ月を超えずに使用される場合)
(4)臨時的業務の事業所に使用される人(6ヵ月を超えずに使用される場合)
ただし、所定の期間を超えて引き続き使用されるに至った場合は、その時点から社会保険の加入が必要となります。
M&A労務デューデリジェンス(DD)において、よくあるケースは、所定の期間を超えても、社会保険に未加入のケースです。
2以上の事業所に勤務し、報酬を受けている被保険者(2以上の会社とも被保険者の要件を満たしている人)については、各事業所で支給された報酬を合算して標準報酬月額を算定し、社会保険料については、各事業所での報酬に比例按分して納付する必要があります。
M&A労務デューデリジェンス(DD)において、対象会社の役員が他の会社の役員を兼務し、いずれの会社からも役員報酬をもらっているのに、2以上勤務の届出をしていないケースがよく見られます。
取締役の場合の被保険者の加入要件は、通常の社員とは異なります。
一般的には
(1)定期的な出勤の有無
(2)取締役会の出席の有無
(3)従業員に対する指示・監督の状況
(4)取締役との連絡調整の状況
(5)法人に対してどの程度の意見を述べ、影響力を与える立場にあるか
(6)法人からの報酬の支払い実態
の6つの要素を確認し、総合的に社会保険加入の可否が判断されます。
なお、総合判断によって、実質的な使用関係が認められる場合には、被保険者として加入義務があります。
M&A労務デューデリジェンス(DD)においても、この判断は非常に難しいケースが多いです。
M&A労務デューデリジェンス(DD)においては、賃金台帳を確認することで社会保険料控除のない社員が特定できるので、それらの社員の労働条件が社会保険適用の対象外となる所定労働時間、労働日数かどうかを確認します。
なお、M&A労務デューデリジェンス(DD)を行うと、標準報酬月額の計算基礎ですが、保険料を下げるために、実際よりも低い報酬月額を届け出たり、手当等を報酬月額に含めていなかったりするケースも散見されます。
これらを確認するために、資格取得届、算定基礎届、月額変更届に記載された報酬月額が正しいかどうか確認します。
さらに、賞与の支払に対する「賞与支払届」について、賞与の支払いを受けた社員について漏れがないか、金額が正しいかどうか確認します。
現物給与も社会保険料計算の基礎となります。
M&A労務デューデリジェンス(DD)においても、多くのケースで、この現物給与が社会保険料計算の基礎となっていないことがあります。
例えば、借り上げ社宅です。
借り上げ住宅とは、会社が大家さんと賃貸契約を締結し、その借りた住宅を社員に貸し出す住宅のことです。
社会保険計算上、この借り上げ住宅は、現物給与として社会保険料計算の基礎となります。
具体的には、現物で支給されるものが、食事や住宅である場合は、「厚生労働大臣が定める現物給与の価額」(厚生労働省告示)に定められた額に基づいて通貨に換算します。
借り上げ社宅については、畳1畳当たりの金額が都道府県別に公示され、「畳数×公示額」により、その「住宅価格」を算出し、社員の負担額がその「住宅価格」に満たない場合、その差額を現物給与として取り扱わなければなりません(社員負担額がその「住宅価格」を上回れば現物給与がないものとして取り扱われます)。
例えば、愛知県で、畳10畳の借り上げ社宅の場合
1,560円(愛知県の畳1畳当たりの金額:令和3年4月)×10畳=15,600円(現物給与の価額)
なお、ここで注意点は、借り上げ社宅の畳数ですが、居住部分のみが対象となり、玄関、キッチン、トイレ、浴室、廊下など居住部分以外のスペースは含みません。
つまり、
(1)社員の負担額が0円の場合、現物給与額は15,600円
(2)社員の負担額が10,000円の場合、現物給与額は5,600円(15,600円-10,000円)
(3)社員の負担額が16,000円の場合、現物給与額は0円
となります。
M&A労務デューデリジェンス(DD)においても、借り上げ社宅の社員の負担額が0円にもかかわらず、社会保険料計算の基礎に現物給与額が含まれていないことが散見されます。