社労士コラム
IPO労務監査における労働法の基礎知識①(労働時間・法定労働時間・所定労働時間)
2023.02.16IPO労務監査
IPO労務監査においては、多くのケースで未払い残業代の存在が確認されます。
未払い残業代の存在が確認された場合、過去の未払い残業代の精算とともに、将来にわたって未払い残業代が発生しないように、具体的な対策をとる必要があります。
その際には、労働法に関する基礎知識がないと、過去の未払い残業代の精算及び具体的な対策がとれませんので、IPOを目指す企業の担当者様にとって、最低限必要な労働法の基礎知識をお伝えしたいと思います。
IPO労務監査において、よく問題になるのが、その時間が「労働時間」かどうかということです。
そもそも「労働時間」とは、どのような時間のことを言うのでしょうか?
実は労働基準法の中には、労働時間の定義が見当たりません。
では、何をもって「労働時間」と判断するのでしょうか?
それは過去の最高裁の判例で一定の概念が確立しているため、実務上はこれに基づき判断します。
過去の最高裁の判例では、「労働時間とは〝使用者の指揮命令下に置かれている時間〟」と定義しています(三菱重工業長崎造船所事件/最高裁一小/平成12.3.9判決)。
続けて同判決は、「労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である」と判示し、最高裁判所として労働時間とはなにかを初めて示しました。
つまり、「労働時間」とは、労働契約、就業規則等の定めにより形式的に決まるものではないことを明らかにし、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」に該当するかどうかをそれぞれの事案に応じて個別的・具体的に検討を必要とするものであると明らかにしました。
なお、ここでいう「使用者の指揮命令下に置かれている時間」という定義は抽象的であるため、実際に労働時間に該当するかどうかについては、その判断要素が何かという点が重要となります。
同判決は、「労働者が就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される」と判断しました。
つまり、最高裁は、所定労働時間外の行為に要した時間が労働時間と評価できるかどうかについては、
①業務遂行に関する義務付け(使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたこと)の有無
②「事業所内」という場所的拘束性の有無
の2点を判断要素としています。
このため、所定労働時間内の実際に作業をしている時間が労働時間に入ることはもちろんですが、始業時刻前の朝礼、終業時刻後の掃除などは、使用者がその遂行を義務付けていたとすると、労働時間とみなされてしまう可能性が高いため、注意が必要です。
IPO労務監査においても、上記のような時間があった場合は、労働時間としてカウントする必要があります。
IPO労務監査において、必ず理解しておかなければならないポイントの1つとして、「法定労働時間」と「所定労働時間」の違いです。
では、「法定労働時間」とは、何でしょうか?
法定労働時間とは、労働基準法32条で会社が労働者に「これ以上働かせてはいけない」と定めている労働時間の限度時間のことをいいます。
労働基準法32条
使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。
2 使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。
労働基準法では、このように、(変形労働時間制等でない)通常の労働時間制度の場合、1週間については40時間、1日については8時間を超えて働かせてはいけないと定めています。
この労働基準法が規定する最長労働時間を「法定労働時間」といいます。
このため、「1日12時間労働する」と社員との間で合意又は契約していても、これは無効となります。
無効となった部分は、労働基準法で定める法定労働時間(1日8時間)となりますので、注意が必要です。
ここでいう「1週」と「1日」とは、いつのことを言うのでしょうか?
通達(昭63.1.1基発1号)によると、就業規則等に特に定めがないかぎり、労働基準法32条1項の「1週」とは、日曜日から土曜日までの「歴週」を意味します。
なお、就業規則等に定めを設けた場合は、その内容となります。
例えば、週の起算日を土曜日とした場合、1週間は土曜日から日曜日となります。
また、労働基準法32条2項の「1日」とは、午前0時から午後12時までの「暦日」を意味します。
ただし、継続勤務が2暦日にわたる場合、当該勤務の全体が、1つの勤務として始業時刻の属する日の労働として取り扱われます(昭63.1.1基発1号)。
例えば、始業時刻9:00から労働して、翌日の午前3:00まで残業した場合は、9:00から翌日3:00までの17時間(休憩時間1時間除く)が、労働基準法32条2項でいう「1日」の労働とされます。
次に「所定労働時間」とは、何でしょうか?
「所定労働時間」とは、その会社が(就業規則などで)独自に決めている労働時間のことです。
例えば、うちの会社は、午前9時始業、午後5時終業(うち休憩1時間)となっていれば、所定労働時間は7時間です。
なお、労働基準法89条1号によると、会社は、就業規則等において、始業・終業時刻および休憩時間を定めなければならないとしています。
就業規則等に定められた始業時刻から終業時刻までの時間のことを「拘束時間」といいます。
この拘束時間から休憩時間を引いた時間のことを「所定労働時間」といいます。
では、この会社毎に定める「所定労働時間」は、どのように決めればいいのでしょうか?
「所定労働時間」は、会社が自由に決めることができるのかというと、そうではありません。
所定労働時間は、労働基準法で定める法定労働時間(1日8時間、1週40時間)の範囲内で決めなければなりません。
「所定労働時間(会社が独自に決める時間)」と「法定労働時間(労働基準法で定める時間)」の関係を整理すると、下記のとおりです。
所定労働時間≦法定労働時間
つまり、1週40時間、1日8時間の範囲内で、会社は独自に所定労働時間(始業・終業時間)を決めなければなりません。
このため、多くの会社が
①始業9時、終業18時(休憩1時間含む)=1日8時間
②土日休み=8時間×5日=1週40時間
と定めています。
法定労働時間(1日8時間以内、1週40時間以内)の範囲内であれば、会社は独自に所定労働時間を決めることができますので、自社に合った時間帯で始業・終業時間を決めてください。
なお、IPO労務監査においては、「実際の始業・終業時刻」と「就業規則等で定めている始業・終業時刻」とが食い違っていることがありますので、注意が必要です。
法定労働時間は、1日8時間、1週40時間ですが、労働基準法では、いくつかの例外を認めています。
まず、1つ目の例外は、「特例措置対象事業場」です。
法定労働時間は、1週間40時間と定めていますが、一定の事業場については、特例的に1週44時間まで認められており、これらの事業場を「特例措置対象事業場」といいます。
1週44時間と認められる事業場は、常時使用する労働者数が10人未満である下記の業種の事業場です。
①商業:卸売業、小売業、理美容業、倉庫業、その他の商業
②映画・演劇業:映画の映写、演劇、その他興業の事業
③保健衛生業:病院、診療所、社会福祉施設、浴場業、その他の保健衛生業
④接客娯楽業:旅館、飲食店、ゴルフ場、公園・遊園地、その他の接客娯楽業
なお、会社全体の従業員が100名でも、各支店、店舗、工場単位の人数が10人未満であれば、特例措置対象事業場に該当するため、自社で活用できるか是非チェックしてみてください。