社労士コラム
IPO労務監査の基礎知識
2021.08.20IPO労務監査
目次
IPOとは、Initial Public Offeringの略で、株式会社が株式を証券取引所において、投資家が自由に売買できるようにすることです。
日本語では、「株式上場」、「新規上場」、「株式公開」などと呼んでいます。
証券取引所は、東京証券取引所、名古屋証券取引所、福岡証券取引所、札幌証券取引所の4ヵ所に設置されており、日本国内でIPOを目指す会社は、このいずれかの市場を選択することになります。
なお、現在、東京証券取引所には、市場第1部、市場第2部、マザーズ、ジャスダックのスタンダードとグロースの5つの市場(TOKYO PRO Marketは除く)があります。
この5つの市場が2022年4月に「プライム」、「スタンダード」、「グロース」の3市場に集約されます。
とくにプライム市場は、海外投資家を呼び込む「エリート市場」と位置づけ、時価総額や流動性などで従来よりも厳しい基準を課しています。
また、スタンダード市場は、現在の市場第2部などに上場する中堅企業向け、グロース市場は、現在のマザーズやジャスダックのグロースに相当するベンチャー企業向けを想定しています。
このため、今後、IPOを目指すベンチャー企業は、グロース市場への上場を目指すケースが増えてくると思われます。
IPOのメリットは、下記の4点が挙げられます。
上場企業の最大のメリットは、資金調達手段の多様化です。
IPO時の公募増資だけでなく、上場後においても、公募による時価発行増資や、新株予約権の発行など資金調達の選択肢が広がります。
上場企業になると、ニュースや新聞報道などの機会も増えることになり、会社の知名度が飛躍的に向上します。
また、上場した企業は、健全な会社、将来有望な会社というイメージを得ることができるため、取引先や金融機関などからの信用力が高くなります。
知名度や信用力の向上により、優秀な人材の確保にも寄与することになります。
創業者の最大のメリットは、IPO時に保有する株式を売出しして、売却益を得ることです。
また、上場企業になることにより、会社の信用力が飛躍的に向上するため、個人保証の解消が可能となります。
未上場企業の場合は、多くの場合に銀行借入や賃貸借契約に対して創業者の個人保証を求められますが、上場後は、会社の信用力により資金調達を行うことができるため、個人保証を解消することが可能です。
IPOのデメリットは、下記の2点が挙げられます。
上場準備にかかる費用として、一般的に年間で数千万単位の上場準備費用がかかります。
具体的には、主幹事証券会社への上場準備手数料、監査法人への監査費用の他に、上場基準が求める体制の整備を進めるために各種コンサルティング費用が発生します。
また、上場申請時点においても、別途数百円~千万円単位の費用が発生し、さらに、上場後も、上場を維持するために年間で数千万円単位の費用が経常的に発生します。
IPO後はパブリックカンパニーとしての社会的責任を問われることになります。
特に不祥事が起きた場合の影響は大きく、単に会社の利益を追求するだけでなく、さまざまなステークホルダーに配慮した経営が求められます。
IPO労務監査とは、IPO準備会社が上場審査に通過するために、上場審査において障害となりうる労務上の課題を確認することです。
上場するためには、主幹事証券会社の引受審査部門による引受審査と証券取引所による上場審査にクリアする必要があります。
この証券取引所による上場審査にクリアするために、IPO労務監査を行い、労務上の課題を発見し、その改善を行います。
また、労働基準監督署の調査においては、問題のない事象であっても、上場審査においては、問題となることがありますので、注意が必要です。
IPO労務監査は、義務ではありません。
IPOのためには、上場申請の直前2会計期間について監査法人の財務諸表監査を受ける必要はありますが、IPO労務監査を受けなければ、上場できないということはありません。
ただし、IPOをする際、主幹事証券会社の引受審査と各証券取引所による公開審査が行われますが、最近は労務管理が適切に行われているかが重視され、厳格に審査されるため、事前に主幹事証券会社から専門家によるIPO労務監査を受けるように求められるケースが増えています。
まずは、IPOを目指すことが決まった段階で、IPO労務監査を実施し、自社の労務課題を明確にすることが望まれます。
また、IPOに向けて逆算していけば、一般的には上場申請の直前々期に入る前(N-3期)にIPO労務監査をしておくことをお勧めします。
IPO労務監査を実施した場合、相当高い確率で未払い残業代が発見されます。
この未払い残業代が、IPOを目指す企業が、労務管理で直面する最大のリスクとなります。
未払い残業代は簿外債務であり、それが決算書に含まれた場合に、収益構造が大きく変わってしまうためです。
特に未払い残業代問題は、その金額が決して小さくないこと、予想しないタイミングで突然顕在化してしまうことなどの理由からIPO審査においてとても重要視されています。
また、未払い残業代は、サービス残業の強要のように会社が意図的に行う場合は勿論のこと、労働時間管理や給与計算の過誤のように会社の不注意の場合にも発生します。
このため、会社が意図していないところで未払い残業代が発生している可能性があります。
未払い残業代が発生した場合には、会社は社員に対して3年分の未払い残業代を支払わなければならないことになり、社員数によっては数千万円単位の未払い債務を精算しなければならないことになります。
当然、IPO労務監査において、未払い残業代が明らかになった場合、上場審査をクリアするためには、その精算が求められますので、ご注意ください。