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社労士コラム

M&A労務デューデリジェンス(DD)のチェックポイント(未払い賃金)

2021.09.21M&A労務デューデリジェンス(DD)

M&A労務デューデリジェンス(DD)において、最も重要なチェック項目の1つとして、「未払い賃金」があります。

M&A労務デューデリジェンス(DD)における「未払い賃金」の影響とは?

「未払い賃金」は、「簿外債務」の代表的なもので、社員から未払い賃金を請求されると、最大3年間に遡って支払わなければなりません。

例えば、月給40万円(月平均所定労働時間173時間)、月30時間のサービス残業を行っていた場合、3年間の未払い残業代は312万円程度となります。

さらに同じように未払い残業代を支払っていない社員が100人いた場合、支払総額(付加金は除く)は3億1200万円(312万円×100人)となります。

また、同時に遅延損害金の支払いも請求されることが一般的です。

このように「未払い賃金」は、財務インパクトがとても大きい債務であるため、M&A労務デューデリジェンス(DD)により、その実態解明が不可欠であると考えます。

M&A労務デューデリジェンス(DD)において「未払い賃金」が発生する要因とは?

なお、M&A労務デューデリジェンス(DD)において「未払い賃金」が発生する要因の主なものには

①割増賃金単価計算間違いによる未払い

②管理監督者・みなし労働時間制適用者への深夜割増賃金の未払い

③年俸制適用者への割増賃金の未払い

④変形労働時間制の途中退職者等への割増賃金の未払い

⑤最低賃金を下回る賃金の未払い

が挙げられます。

そこで、順番にその内容を確認していきたいと思います。

①割増賃金単価計算間違いによる未払い

まず、労働基準法上の「割増賃金の計算式」を確認していきたいと思います。

<割増賃金の1時間単価>

= 基本給+諸手当/1ヵ月の平均所定労働時間×割増率

ここでは3つのファクターがあります。

(1)基本給+諸手当(分子)

(2)1ヵ月の平均所定労働時間(分母)

(3)割増率

基本給+諸手当(分子)

実際にM&A労務デューデリジェンス(DD)を行ってみると、<①基本給+諸手当(分子)>の諸手当については、「割増賃金に含める手当」と「割増賃金に含めない手当」を会社が独自に判断しているケースが散見されます。

諸手当を割増賃金に算入する、しないの判断は、会社が独自に決められるものではなく、労働基準法で除外できる手当が定められています。

労働基準法で定められている割増賃金の計算から除外できる手当は、下記の7つの手当のみです。

1.家族手当

2.通勤手当

3.別居手当

4.子女教育手当

5.臨時に支払われた賃金

6.1ヵ月を超える期間ごとに支払われる賃金

7.住宅手当

この7つの手当以外の手当は、すべて割増賃金の計算に算入しなければなりません。

当然、「資格手当は、当社では割増賃金に含めない」というような会社の判断は無効となります。

また、手当の名称が上記7つの手当に該当すれば、すべて割増賃金の計算から除外できるわけではなく、その実質によって除外できるか、できないかが判断されるため、注意が必要です。

1ヵ月の平均所定労働時間(分母)

<②1ヵ月の平均所定労働時間(分母)>についてですが、

<年間の所定労働日数が決まっている場合>

年間所定労働日数×1日の所定労働時間÷12ヵ月

<年間の所定労働日数が決まっていない場合>

(365日-年間所定休日数)×1日の所定労働時間÷12ヵ月 >

が「1ヵ月の平均所定労働時間」となります。

このため、会社カレンダーや就業規則などの資料から「休日」や「所定労働時間」を確認する必要があります。

なお、実際にM&A労務デューデリジェンス(DD)を行ってみると、「1ヵ月の平均所定労働時間」を174時間とか、170時間とか、会社が任意に定めているケースもありますが、正しい算出方法は上記の通りなので、ご注意ください。

また、M&A労務デューデリジェンス(DD)時によくあるケースとしては、「休日」と「休暇(年次有給休暇、産前産後休暇、育児・介護休業など)」が混同されていることです。

「休日」と「休暇」は法律上、全く異なるもので

「休日」とは、「そもそも労働義務がない日」

「休暇」とは、「労働義務はあるが、労働義務が免除された日」

です。

このため、「休暇」は「休日」の中に加算せずに計算する必要があります。

「休暇」を「休日」と計算してしまうと、「1ヵ月の平均所定労働時間」を正しく計算することができずに、時給単価を引上げてしまうことになりますので、注意が必要です。

割増率

<③割増率>についてですが、

・法定時間外労働(45Hまで)

 25%以上

・法定時間外労働(45H超60Hまで)

 25%を超える率(努力義務)

・法定時間外労働(60H超)

 50%以上(中小企業は除く)

・法定休日労働

 35%以上

・深夜労働(22時~5時まで)

 25%以上

・法定時間外労働+深夜労働

 50%以上(1ヵ月60H超の場合は75%以上:中小企業は除く)

・法定休日労働+深夜労働

 60%以上

このように割増事由が重なった場合には、加算した割増率で計算しなければならないため、加算していない場合は、未払い賃金となりますので、注意が必要です。

なお、60時間超の法定時間外労働については、「法定休日の労働時間は含めず」、「所定休日労働時間は含める」こととなります。

実際、M&A労務デューデリジェンス(DD)を行ってみると、上記のように割増事由が重なっているのに加算した割増率で計算されていないケースや「法定休日労働時間」と「所定休日労働時間」が混同され計算されているケースが散見されます。

なお、今回の労働基準法改正(平成31年4月1日施行)により、現在適用を猶予されている中小企業も、2023年4月1日以降において1ヶ月60時間を超える法定時間外労働が発生した場合には、その部分の割増率を50%以上で計算した割増賃金を支払わなければなりませんので、注意が必要です。

中小企業かどうかの判断は、下記を基準に会社単位で判断されます。

<小売業>

 資本金5,000万円以下 or 常時使用する労働者数50人以下

<サービス業>

 資本金5,000万円以下 or 常時使用する労働者数100人以下

<卸売業>

 資本金1億円以下 or 常時使用する労働者数100人以下

<その他>

 資本金3億円以下 or 常時使用する労働者数300人以下

業種の分類は、「日本標準産業分類」で判断します。

②管理監督者・みなし労働時間制適用者への深夜割増賃金の未払い

M&A労務デューデリジェンス(DD)において、よくあるケースが

(1)管理監督者

(2)みなし労働時間制適用者(事業場外労働制・裁量労働制)

に対して、深夜(22:00~5:00)割増賃金が支払われてないケースです。

労働基準法では「管理監督者については、労働時間、休憩、休日に関する規定は適用しない」との記載があるだけで、深夜労働については、割増賃金を支払わなくてもよいとの記載はありません。

また、みなし労働時間制適用者についても、1日の所定労働時間についてのみなし労働時間に関する規定であって、深夜労働について、割増賃金を支払わなくてもよいとの記載はありません。

このため、

(1)管理監督者

(2)みなし労働時間制適用者

が深夜に労働した場合は、深夜の割増部分(0.25部分)を支払わなければなりませんので、ご注意ください。

③年俸制適用者への割増賃金の未払い

「年俸制」とは、労働基準法等で特に定められたものではなく、労働の質によって支払う給与制度なので、割増賃金を必要としない「労働基準法上の管理監督者」、「みなし労働時間制適用者」に適した制度です。

しかし、これは

「労働基準法上の管理監督者、みなし労働時間制適用者であるから、割増賃金を支払わなくてもよい」のであって、

「年俸制だから、割増賃金を支払わなくてもよい」という訳ではありません。

このため、

 (1)労働基準法上の管理監督者

 (2)みなし労働時間制適用者

以外の者に年俸制を適用している場合は、時間外労働、休日労働、深夜労働をさせた場合、割増賃金を支払わなければなりませんので、ご注意ください。

実際に、この年俸制の拡大解釈は、M&A労務デューデリジェンス(DD)においてよく指摘される事項です。

また、「年俸額の中であらかじめ賞与金額が確定している」場合は、いわゆる賞与とみなされず、割増賃金の計算基礎に含めなければなりません。

割増賃金の計算基礎に算入しない賃金の1つである「賞与」とは、支給額があらかじめ確定されていないものをいい、支給額が確定しているものは「賞与」をみなされないため、年俸制で毎月支払部分と賞与部分を合計して「あらかじめ年俸額が確定している場合の賞与部分」は、割増賃金の計算基礎に算入しない「賞与」に該当しません。

このため、賞与部分も含めて当該確定した年俸額を算定の基礎として割増賃金を支払う必要があります。

例えば、年俸が960万円で、毎月の給与がその年俸の16分の1の60万円、夏季賞与が16分の2の120万円、冬季賞与が16分の2の120万円と確定している場合、毎月の給与60万円を算定基礎とすることはできず、年俸960万円の12分の1の80万円を割増賃金計算の算定基礎としなければなりません。

この点も、M&A労務デューデリジェンス(DD)においてよく指摘される事項ですので、ご注意ください。

④変形労働時間制の途中退職者等への割増賃金の未払い

「1年単位の変形労働時間制」は、原則として対象期間の途中で入社または退社した社員にも適用されます。

ただし、労働した期間が対象期間より短い社員(中途採用者、中途退職者など)について、その労働した期間の労働時間を平均して週40時間を超える場合は、その超えた時間について割増賃金の支払いが必要となります。

具体的には、下記の時間に対して、割増賃金の支払いが必要です。

割増賃金の支払いが必要な時間

=「実労働期間における実労働時間」-「実労働期間における時間外労働として支払済の時間」-「実労働期間における法定労働時間の総枠」

「実労働期間における実労働時間」とは、

その社員が対象期間中に勤務した実労働時間のことです。

「実労働期間における時間外労働として支払済の時間」とは、

対象期間の各月で既に割増賃金の支払いが終わっている時間のことです。

「実労働期間における法定労働時間の総枠」とは

(実労働期間の歴日数÷7日)×40時間です。

このため、途中退職者、途中採用者および配置転換者に対して、上記時間に対する割増賃金を支払っていない場合は、未払い賃金となりますので、ご注意ください。

M&A労務デューデリジェンス(DD)時には必ず指摘される項目となります。

⑤最低賃金を下回る賃金の未払い

最低賃金には、「地域別最低賃金」と「特定最低賃金」があります。

「地域別最低賃金」は、産業や職種にかかわらず、事業場で働く全ての労働者と使用者に対して適用される最低賃金で都道府県ごとに最低賃金が定められています。

「特定最低賃金」は、特定の産業の基幹的労働者とその使用者について設定されている最低賃金です。

「地域別最低賃金」と「特定最低賃金」の両方が適用される労働者については、高い方の最低賃金を支払うように義務付けています。

特に月給者の場合は、正しい最低賃金の計算が必要です。

最低賃金は、時間給で表記されるため、

月給者の時間給=月給/1ヵ月平均所定労働時間

となり、この時間給と最低賃金を比較します。

この時間給が最低賃金を下回っている場合は、最低賃金額との差額が未払い賃金となります。

さらに、割増賃金を再計算して、既に支払った割増賃金との差額も支払う必要があります。

ただし、最低賃金の対象となる賃金には、下記の賃金は含まれません。

(1)臨時に支払われる賃金

(2)1ヵ月を超える期間ごとに支払われる賃金

(3)所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金

(4)所定労働日以外の労働に対して支払われる賃金

(5)深夜の時間帯の労働に対して支払われる賃金

(6)精皆勤手当

(7)通勤手当

(8)家族手当

このため、月給の中に上記賃金が含まれている場合は、その金額を除いて最低賃金の計算をしなければなりません。

実務上、M&A労務デューデリジェンス(DD)において、定額残業代を導入されている会社の場合、基本給と定額残業代の合計額(その他手当はないと仮定)では最低賃金を上回っていても、基本給だけで計算すると最低賃金を下回っているケースが多く見られますので、ご注意ください。

このように「未払い賃金」の把握は、非常に重要なチェック項目となりますので、M&A労務デューデリジェンス(DD)においては必ず実施する必要があります。

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