社労士コラム
M&A労務デューデリジェンス(DD)の未払い残業代のリスクとは?
2021.09.9M&A労務デューデリジェンス(DD)
M&A労務デューデリジェンス(DD)において、未払い残業代が発見された場合のリスクと未払い残業代が発覚するタイミングについてまとめたいと思います。
目次
M&A労務デューデリジェンス(DD)において、未払い残業代が発見された場合、非常に大きな財務インパクトとなります。
労働基準法では、社員に1日8時間、又は1週40時間を超えて働かせた場合、25%(大企業の場合は月60時間超は50%)以上の割増賃金を支払わなければなりません。
深夜(22:00~5:00)に働かせた場合も、25%以上の割増賃金を支払わなければなりません。
また、1週間に1日の労働基準法で定める法定休日に働かせた場合は、35%以上の割増賃金を支払わなければなりません。
未払い残業代というのは、会社が社員に上記残業(時間外労働、深夜労働、休日労働)をさせたにもかかわらず、上記割増賃金を支払っていないことをいいます。
この未払い残業代は、労働基準法の定めにより、過去3年間に遡って請求することができます。
このため、M&A労務デューデリジェンス(DD)においても非常に重要な調査項目の一つとなっています。
例えば、月給30万円の社員が毎日2時間の残業を行っていた場合で、全く残業代を支払っていないときは、3年分の未払い残業代の総額は約337.5万円になります(1日8時間、年間休日110日のケース)。
また、裁判になった場合、裁判所は「未払い残業代と同額」の付加金の支払を命ずることがあります。
つまり、未払い残業代と付加金を合計すると、最悪の場合、社員1人あたり675万円(337.5万円×2)を会社は支払わなければなりません。
さらに同じように未払い残業代を支払っていない社員が50人いた場合、支払総額(付加金は除く)は1億6875万円(337.5万円×50人)となります。
最近では、退職した社員だけではなく、在職中の社員からも、過去3年間に遡って残業代を請求されるケースもありますので、注意が必要です。
このように、未払い残業代が発見された場合の財務インパクトは大きいため、M&A労務デューデリジェンス(DD)において、売り手企業に対する未払い残業代の実態解明が必要だと思われます。
買収時にM&A労務デューデリジェンス(DD)を行わなかった、あるいはM&A労務デューデリジェンス(DD)を行ったが未払い残業代の清算及び対策をとっていなかった場合、次のようなケースで未払い残業代のリスクが顕在化します。
①労働基準監督署の調査
②社員を解雇したとき
③労働組合が交渉してきたとき
④内容証明郵便が送られてきたとき
⑤労働審判が提起されたとき
⑥訴訟が提起されたとき
が挙げられます。
M&A労務デューデリジェンス(DD)において、未払い残業代の清算及び対策をとっていなかった場合、未払い残業代の請求は、いきなり訴訟になるケースは少なく、まずは労働基準監督署から呼び出しがあったり、会社への調査が行われることがほとんどです。
労働基準監督署の調査には、大きく分けて下記の2種類があります。
①定期監督
②申告監督
「定期監督」とは、労働基準監督署が任意の会社を選択し、定期的に強制立入調査、改善指導を行うことをいいます。
「申告監督」とは、社員などが労働基準監督署に(未払い残業代問題などの)解決を依頼し、その依頼に基づいて行われる調査のことをいいます。
また、「申告監督」は、原則として、依頼を受けた事由(依頼をした社員)についてのみ調査されることになりますが、場合によっては会社全体(全社員)に及ぶケースもありますので、注意が必要です。
当然、調査段階で会社に未払い残業代があれば、労働基準監督署から未払い残業代を遡って社員に支払うよう指導が入ります。
過去に売り手企業に「能力不足の社員」がいたとします。
売り手企業の社長は、その社員を「能力不足で解雇」しました。
M&A後、株式譲渡を受けた買い手企業であるあなたのもとに、弁護士から内容証明郵便が届きました。
その内容は、下記の通りでした。
①能力不足の社員の解雇は不当解雇であること
②解雇した社員には、未払い残業代が過去3年間で350万円あるため、今すぐに支払うこと
あなたならどうしますか?
納得いかないとは思いますが、この場合、あなたは、未払い残業代である350万円をその社員に支払わなければなりません。
このように未払い残業代があった場合、退職又は解雇した社員から訴えられることがあります。
M&A労務デューデリジェンス(DD)において、未払い残業代の清算及び対策をとっていないケースで、 最近、自社に労働組合がない社員が1人で外部の労働組合に加入するケースが増えています。
この外部の労働組合のことを、ユニオンとか、合同労組と呼びます。
この外部の労働組合は、あなたの会社と社員との間で、未払い残業代問題や解雇した社員の解雇撤回などのトラブルが発生した場合、団体交渉を申し込んでくることがあります。
この場合、会社は正当な理由がないのに団体交渉を拒否することができません。
拒否した場合、不当労働行為(労働組合法第7条違反)となります。
このため、会社は外部の労働組合との団体交渉に応じていくことになりますが、団体交渉に応じていくには、労働法に関する知識も必要ですし、複数回に渡り、交渉が継続していくことが予想されるため、多くの時間も必要となってきます。
もし、会社側に労働法に関する知識がない場合は、労働組合との交渉の中で会社にとって不利益な約束を結ばされてしまうこともありますので、注意が必要です。
M&A労務デューデリジェンス(DD)において、未払い残業代の清算及び対策をとっていない場合、弁護士が社員から依頼を受けて、会社に対し、まずは内容証明郵便で、未払い残業代の請求をしてくることがあります。
内容証明郵便の目的は、弁護士名義で出して心理的な圧力を与えることです。
多数の弁護士名が記載されている場合もありますが、これも心理的な圧力を与えることを目的としているため、とりたてて心配する必要はありません。
また、内容証明郵便に回答しなかったことで何らかの不利益を受けることはありません。
しかし、今後、労働審判や訴訟に発展する可能性が高いので、その内容をしっかり精査した上で、会社の対応を考える必要があります。
労働審判とは、個別の労働紛争(未払い残業代問題など)について、労働審判官(裁判官)1名と、労働関係の専門的な知識・経験を有する労働審判員2名(労働者側1名・会社側1名)が関与しながら、紛争を解決するという制度です。
手続きは、3回以内の期日で開かれ、口頭による話し合いの中で調停(和解)が試みられます。
もし、調停がまとまらない場合は、事案の実情に応じて解決案(審判)が出され、審判に異議がなければ、訴訟で得られる判決と同じ法的効果が生じます。
審判に異議がある場合は、そのまま通常の訴訟の手続きに移行することになります。
労働審判は、ほとんどの場合、会社と社員の双方が弁護士に依頼して対応します。
訴訟は、だいたい月1回のペースで期日が入り、その都度、弁護士から資料の提出や事実の確認が求められ、打合せを行います。
訴訟は第一審の判断が出るまで半年から1年ほどかかり、控訴された場合は、さらに数ヵ月かかることになり、時間と労力とお金がさらに必要となります。
訴訟が起こされたら,まず訴状の内容をよく検討し,
①会社が行った処分がどのような内容か
②処分の対象は何か
③処分は法律や社内の規定に反していないか
④処分に至る経緯はどのようなものであったか
等について,分析をする必要があります。
労働者側が作成した書面は,会社が非難されている内容だと思われますが,冷静に対応し,感情的な反応はしないことです。
会社側の主張をきちんとまとめ,これを裏付ける証拠がどの程度あるか,準備する必要があります。
このようなことがきっかけで、未払い残業代問題が顕在化することがありますので、M&A労務デューデリジェンス(DD)においては、その実態解明が非常に重要です。