社労士コラム
M&A労務デューデリジェンス(DD)の基礎知識
2021.09.2M&A労務デューデリジェンス(DD)
目次
M&Aの手法には、一般的に合併、会社分割、事業譲渡、株式譲渡の4種類があります。
合併とは、会社法上の定義はありませんが、一般に2つ以上の会社が一方又は両方が解散し、解散会社の権利義務の全部が清算手続きを経ることなく、存続会社又は新設会社へ包括的に承継されることをいいます。
会社分割とは、ある会社が、その事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割後、他の会社又は分割により設立する会社が承継することをいいます。
事業譲渡とは、企業の事業の全部又は一部を、他の会社に譲渡することをいいます。改正前の商法では、「営業譲渡」と呼ばれていましたが、新会社法で呼び名が「事業譲渡」に変更されました。
株式譲渡とは、株主の有する株式を他の者へ譲渡することをいいます。
なお、中小企業のM&Aの大部分は、株式譲渡です。
日本では「経営者の高齢化と後継者不在」にもかかわらず、多くの経営者が引退の時期を迎えています。
自分の子供が会社に後継ぎとしてすでに働いてくれている、といった場合には会社を任せることができますが、そもそも子供がいない、もしくは子供が独立して仕事をしているような場合には、その会社を任せる後継ぎがいないという問題が発生してしまいます。
昨今、そのような後継者問題が多くの会社で深刻化しています。
会社の事業承継の方法は、下記の4つの方法です。
親族承継とは、文字通り、子供や配偶者などの親族に経営を引き継ぐことです。
親族承継のメリットは、創業者としての地位を継続できることや、社内外の関係者から理解を得やすいということです。
他方、デメリットとしては、後継者としての適格性が甘くなりがちなことや、優良企業の場合、相続税が高くなってしまい納税資金の確保が困難ということです。
従業員承継とは、親族以外の共同経営者や従業員に経営を引き継ぐことです。
従業員承継のメリットは、後継者としての適格性の判断に時間がかからないことや、業務に精通しているため、後継者としての育成の期間が短くていいことです。
デメリットとしては、株式の取得のために莫大な資金が必要なことや、債務保証の後継者への切り替えが困難なことです。
第三者承継(M&A)とは、第三者(別の会社)に経営権を譲渡(株式譲渡)することです。
第三者承継(M&A)のメリットは、多くの選択肢の中から経営の適格者を選べることや、相続税や債務保証の心配がいらないこと、創業者利益としてまとまった収入を得られることです。
デメリットとしては、M&A後も一定の引き継ぎ期間が必要となることです。
事業承継がうまくいかず、後継者が見つからない場合には、廃業という選択をすることになります。
廃業は金銭面で非常にデメリットが大きいのが実態です。
会社清算の場合、在庫や土地、事業資産等は大幅に減額され、退職金は減額されます。
また、経営状況に余裕がない場合や負債を抱えている場合は会社清算により、自宅や車等の個人資産を売却しなければならないケースがあります。
個人資産を売却した上でも負債が残るケースもあるため、引退後の生活に不安を残すことになります。
さらに、廃業によって生じる問題は金銭に関することだけではなく、廃業により、従業員を解雇しなければなりません。
また、取引先にも多大な迷惑をかけることになります。
デューデリジェンス(Due Diligence)とは、M&Aの取引過程における一つの手続きであり、買い手企業が自らコストを負担して売り手企業の事業運営上のリスクや投資価値等の調査を行うことから、「買収調査」や「買収監査」等と呼ばれています。
M&Aにおけるデューデリジェンス(DD)の目的は、売り手企業の過去の債務や現在及び将来にわたる各種リスクを認識し、M&Aの目的に応じた適正な企業価値を試算することです。
このため、M&A労務デューデリジェンス(DD)では、労務に関する売り手企業の潜在債務の有無を調査し、潜在債務(特に簿外債務)を明確にします。
M&A労務デューデリジェンス(DD)は、法定化されているものではないため、必ずしも必要でないケースもあるとは思われますが、買収(M&A)後に未払い賃金などの隠れ債務が発生した場合、その金額および影響は計り知れないものがあるため、買い手としてM&Aを検討されている場合は、M&A労務デューデリジェンス(DD)を行うことをお勧めします。
また、最近では、後継者不足に悩む中小企業が事業承継の観点から、売却型のM&Aを積極的に利用するケースも見られます。
こうしたM&Aの際も、企業価値算定時に未払い残業代の発生や労働・社会保険未加入の問題などが、「隠れ債務」としてM&Aの売却金額に影響を及ぼすことがあるため、専門家によるM&A労務デューデリジェンス(DD)が必要であると思われます。
一般的にM&A労務デューデリジェンス(DD)において、簿外債務(未払い残業代など)が発見された場合、
①簿外債務をM&A成立までに売り手企業で解消する
②簿外債務のすべての金額を売買金額に反映させる
③簿外債務の一部を売買金額に反映させる
④簿外債務を売買金額に反映させない
などの4つの選択肢が考えられます。
簿外債務をM&A成立までに売り手企業で解消するとは、売り手企業がM&A労務デューデリジェンス(DD)で発見された簿外債務を買収完了までに解消することです。
例えば、未払い残業代の場合、
(1)未払い残業代が発生している社員に対し、すべての金額を支払う
(2)未払い残業代が発生している社員の自由意志の基に債権放棄の同意をもらう
このどちらかを実行することがM&A取引実行の要件となります。
M&A取引実行の要件が満たされれば、買い手企業には買収する義務が生じ、満たされなければ、取引は延期または中止されることになります。
M&A労務デューデリジェンス(DD)では発見された簿外債務のすべての金額を売買金額に反映させるとは、簿外債務は金額に換算することが可能なので、売買金額を安くすることです。
ただし、未払い残業代の場合、M&A取引上、売り手企業と買い手企業が合意すれば、これで完結しますが、未払い残業代が発生している社員に対する簿外債務(未払い残業代)が支払われるわけではないため、簿外債務自体は消滅しませんので、注意が必要です。
M&A労務デューデリジェンス(DD)で発見された簿外債務の一部を売買金額に反映させるとは、賃金請求の時効は3年ですが、社員から未払い残業代を請求される場合を除き、労働基準監督署の是正勧告で遡及して支払うよう命じるのは実際のところ3~6ヵ月程度が多いので、売り手企業と買い手企業との間の交渉によって売買金額に反映させることです。
簿外債務を売買金額に反映させないとは、文字通り、M&A労務デューデリジェンス(DD)で発見された簿外債務を売り手企業が解消することなく、売買金額にも反映させず、買い手企業が買収完了させることです。